事務室より

独立行政法人国立大学財務・経営センターについて

学術総合センター

一橋講堂跡地に建設された大学・教育機関のための施設で学術研究の研究所である国立情報学研究所、国立大学協会等が入っております。
10階に当センターが入る東京連絡所があります。
2階には一橋講堂(収容可能数523人)をはじめ大小の会議室を備えております。
4階は宿泊施設、1階にはトレーニングルーム、シャワー室があります。

10階でエレ―ベータを降りると、当センターと国立高等専門学校が入居しているフロアーです。
廊下は常に節電中なので、少し薄暗いです。
向かって左側より審議役、総務部長、理事、事務室、理事長室となっております。

右が、千葉県美浜区にある本部の外観です。 

学術総合センター内の食事処について

3階にある食堂です。
誰でも自由に利用できる食堂なので、周辺の企業にお勤めしている方で、お昼時は混雑しております。
栄養のバランスを非常に考えられたメニューなので、ガッツリ系の昼食を希望される方には少し物足りないかもしれませんがとても美味しいですよ!!
ちょっと値段が高いかも・・・

食堂の他に喫茶室もあります。
歓送迎会等でも使用することができくらいちょっとした広いスペースです。

入口は高級感が漂っていますね。

理事長室について

理事長室はこんな感じになってます。
ここでは理事長の通常業務に加えてセンターの重要な会議等が行われております。
秘書がいないので、スケジュールの管理等は総務係で対応しております。

理事長室からの外の眺め

東京タワー、皇居、首都高速、毎日新聞社、神田川が一望です。
夜になると奥にみえるビル群の夜景がとても綺麗です。

[一ツ橋]について センター周辺の史跡等の紹介

橋名の由来と見附

徳川家康が江戸城に入った頃には、この場所に「丸太の一本橋」が架かっており『一ツ橋』の橋名は、この「一本橋」から付けられたと伝えられています。

そして、江戸城の守りを固めていった寛永年間(1624~1643)になると、この「丸太の一本橋」の江戸城側に「一ツ橋卸門」が設置され、同時に見附橋としての『一ツ橋』が架けられる。この『一ツ橋』付近の川筋には、現在でも石積みの護岸が残っており、僅かにではあるが、当時の面影を感じることが出来ます。

南側に残る古い石積みの護岸(門跡の一部か?)

現在の一ツ橋

現在の『一ツ橋』は震災復興事業によるもので、大正14年(1925)に架けられている。
写真で見ると3スパンの石橋風にも見えるが、中央部分は、橋の基礎(橋台)であるらしい。つまり、桁橋をかけるためにの基礎を川の中に作り、基礎の中央部にアーチ状の穴を開けて、川の流れを確保したものだそうです。

上部はこのように「橋灯」になっていますが、現在は灯はともりません。
橋全体的にかなり傷みがひどいので、改修工事が必要?

徳川御三卿

「田安家」、「清水家」と共に「徳川御三卿」の一つである「一ツ橋家」は、八代将軍 徳川吉宗の子 宗尹(むねただ)が、将軍より「一ツ橋御門」の傍に屋敷を与えられたことから始まり、御門の名をとって「一ツ橋家」と呼ばれるようになった。
「御三卿」は「御三家」に次ぐ家格で、「一ツ橋家」からは、11代家斉(いえなり)15代慶喜(よしのぶ)が将軍になっている慶喜は徳川家「最後の将軍」である。
「一ツ橋家」の敷地は、現在の「丸紅」から「気象庁」を含む大手町合同庁舎付近までの広大なものであったというが、現在は『一ツ橋』南詰の「丸紅」の敷地に、その標識が立っている以外面影はありません。

次回はあの大人気ドラマ「半沢直樹」のロケ地としても有名な「学士会館」をご紹介いたします。

理事長のページ
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